子供の頃考えていた未来: YUU MEDIA TOWN@Blog Returns

1997年10月のサイト立ち上げ時より2003年6月までの旧日記をブログ化したもの+発掘した本や昔のエントリを参考に感想を書くブログです。最新の日記はこちらでどうぞ。当時は若かった・・・そして何も知らない時代でした。そんな日記を生暖かく見守ってみてください。今の自分から見た追記も行っています。

2000年08月25日 (金曜日)

子供の頃考えていた未来

未だに続く残暑、きついわぁ・・・・・・早く秋になりやがれ。今日の日記は長いかも?常時接続の方以外はネット接続を切ってから読みやがれ(笑)というか読んでください。

東京に来て5年ぐらい経つだろうか?
まともに雪も見ていない。
なんか四季というものが東京ではあまり感じられない。確かに桜は咲くし紅葉もある。でもまともに雪が降らぬ。

今日トイレに入っていて、なぜかふと昔の自分を思い出した。
小学校の低学年時代だったかな?その当時住んでいたアパートの前には大きく雪が積もり(雪かきで持ってこられたのも含め)雪山が出来ていた。

時間帯は夕方というより夜に近い。オレンジ色の部分がほとんどなくなり限りなく黒に近い青が空一面を覆っていた。その中で遊び終わって私はその雪山の上で寝っころがって空を見ていた。綺麗だった。

その時自分は何を考えていたのだろう?少しだけ覚えているのは将来自分はどういう生き方をしているのだろう?そう思っていたような気がする。もちろん当時の自分にそんな難しい事はわからない、どんな仕事について・・・・どんな場所で・・・・程度の事だ。

いくら考えたところで答えがでるはずもない。
それでも考えた、考えたかった。

昔は何も知らなかった、だからたくさん夢を持てた。想像も出来た。それから考えると今の子供というか昔に比べてたくさんの情報が手に入るようになった。わからないならインターネットで調べれば良い。小遣いもたくさんもらえるから本を買って読めば良い。わからない事は何もなくなる、考えることもなくなる・・・・・
ただでさえ情報が氾濫しているこの時代に・・・

そうなって・・・・何かが変わったのではないかと思う。余談だかこの前のOFF会で今の小学生達の小遣いはどのくらいなのかという話しがでた。だいたいは数千円程度、月にもらっているのではないかという。昔の自分達の価値観とは違うのだと。

私が小学生だった頃の一ヶ月の小遣いでは800円クラスの中型ゾイドを買うこともできない。小遣いをもらってないという人もいた。私も小学6年生で小遣いは600円だった。ボンボンを買ったらそれで終りさ、コロコロは兄貴が買っていたから買わなかったけど。当時はコロコロもボンボンも330円ぐらいだったからね~

昔と比べて今はずいぶんと生活が豊かになったと思う。
でもそれだけ失うものがたくさん出てきたのだなと思う。

私はある意味大人にはなりたくなかった。
そりゃ社会に出るには成長しなければならない部分は当然成長しなければならない。
必要最低限のルールは守らなければ周りの迷惑をかけることにもなるし。

自分一人だけで生きていくというのなら好き勝手やっても構わないだろう。でもそんな事を実行できる奴はいない。よく言う言葉や、人は一人では生きていけないと。

私もそういった外観だけなら成長しているだろう(まだまだな部分も多いけどね)でも性格の中核を成す部分は12歳の頃から何もかわっちゃいないのさ。そういった意味では私の考え方は単純だ、やりたい事をやる、夢を追いかける。そんな行動しかしていない。だからもし自分だけで行動しているなら下手すればずっと部屋にこもりきりで勉強などをしかねない。でも、友達や彼女が外に遊びに誘ってくれたり、なんか違う方向に時々自分を
導いてくれる。その時には自分の知らない世界に出会うこともある。

人との付き合いは多いほうがいいと思う、形にはならぬが立派な財産。私もZOIDS TOWNを開設してからいろいろな人と知り合った。こういった事だけでもホームページを開設して良かったと思うのや。

いろいろな付き合い、趣味で勉強している事など・・・・・力を身につければ、どんどん新しいやりたい事が増えてくる。

時々自分が何をやりたいのかわからないという話しを聞く。

そういった時は・・・・何でも、自分がほんのちょっと興味のある事でもなんでもいいから勉強したり、技術を磨いて力をつけてみるといい。力をつけて視点が変わればおのずと考え方も変わると思う。そのうち能力を身につける歓びも味わえるようになってくるのではないか?

今まで出来なかったことが出来るようになる。素晴らしいことだと思う。力を身につけるまでは辛い。でもその先に見える歓びを知っていると辞められない。その過程も楽しい。そう思えてくればもう自分が何をしたいかなんて考える暇があったら行動にでているだろう。

なんて言ってもこれが全ての人に当てはまるわけじゃない。自分の場合はこれに近い。力を身につけるのが楽しい。今のバイト先でも最初の方は自分の力の無さにずいぶん打ちのめされた。ついていけなさそうだから辞めようと思ったこともある。でもその最初の時期に耐えて少しでも力を身につければ・・・・・
今でも対したことができるわけじゃない、でもその自分の情けなさから更にやる気がでてきた。データベースでもCGIでも勉強してさっさと自分のものにしてやると。

今が苦しいのは将来の為、ちょっと嫌になったからとかそういう考えでは、なんでもかんでも中途半端で終わってしまう。ここまで来るとそんなのは絶対に嫌になってくるからねぇ~

・・・・・話しを変えよう。
久しぶりにゾイドバトルストーリー3巻を読んだ。
ちょっと前に頂いたものだ。ただでくれたのだ。
今となっては購入するのにどのぐらいのお金がかかるか・・・こういう時もホームページを運営していて良かったと思う。

やっぱりバトルストーリーは良い。名作だと思う。今のZOIDS TOWNでもバトストの再販を願っている人は数多い。なぜか?それだけ完成度の高い本と言えるからだ。

今のTOMYや小学館の方針としてはもちろん小学生をターゲットとした展開であろう。そのためにはわかりやすくというか、とにかく子供向きにストーリーなどを進める必要があるのだと思うがそれではバトルストーリーに関しては当時どんな方針で発売したのだろうか?漢字などの仕様に関しては小学生レベルで考えているように見うけられるが少なくともストーリーはちょっと違うように思える。

義手義足、マニアックな戦争の話しなど・・・・・はっきりいって熱い、そして感動する話しだ。戦争なのだから当然人は死ぬし、街も破壊される。そして兄弟同士の戦争という、深い部分もある。御互い憎んでいるのにもかかわらず、決して殺すな!と・・・・
ゼネバスもヘリックも何度かは相手を殺し戦争を終わらせようと考えたこともあったようだが、基本的には殺すなという考えを貫いている。と・・まあバトストのここがすごいという部分はたくさんあるのだがこの辺で終りにしておくにしても今のアニメなどにそういった話しはあるのだろうか・・・・・

アニメもCGはすごい、ただ他にストーリーに話題性があるとは言えないだろうし、将来今の小学生の方々が今の自分と同じ歳になった時、今の旧ゾイドからのファンがバトストの事を言うように思ってくれるだろうか?当時の一つのアニメとして・・・それだけではないだろうか?まあ話しのメインが戦争ではないからかもしれないが・・・・・

当時の感動はそれほど大きかったという事だ。今バトストが発売されても今の小学生にそれが受け入れられるかはわからない。年代の違いのよってはずいぶん考え方も変わるものだから。

小さい頃に、いい意味で心に何かを残せるのはとても良い事だと思う。 それが漫画だろうが、その他のものであろうが・・・・・

今日は長くなってしまったっす。
あとかなり箇条書きみたいな感じなんでぇ~
変に思える部分もあるかもしれないけどぉ~
更に誤字脱字が多いかもしれないしぃ~

許してくらはい。

寝ます。


Posted by 封神龍(酒) at 2000年08月25日 23:59 | 【所属カテゴリ: 日記1】【コメントについて

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